お墓参りオペレーション

たまには、ネットでもゲームでもアキバでも無いことを書きます。今週実家に帰ってお墓参りに行く機会があったので、その辺で考えたこと。

タイミング

お墓に参ると言う文化はきっと家によって、人によって違うと思います。僕の場合はお盆か正月か、あとはお彼岸か、命日当たりか、自分が実家に帰ったタイミングでどれかが近ければ行くことにしています。年に2回は行ってるかなぁ。父方と母方のお墓は違う場所にありますが、大体同じ日にセットで行きます。

作法

作法と言うのがあるのか知りませんが、水をかけて、掃除して、お花を供えて、線香あげて、手を合わせて帰る感じ。最近は草むしりとかもオプションでやってます(よく見ると意外と生えてる…。)

お墓参りの意味

今回は母と母の姉2人とその旦那さんと僕の5人で行きました。還暦を過ぎた4人と28歳の自分ですが意外と話題は尽きません。今回はおじいちゃんの兄弟やその子どもたちの話が新たに聞けたり、戦死者の方の話を聞くことが出来てとてもよかったです。

お墓参りに限らず色んな年中行事の持つ意味って何なんでしょうね。なぜ、行くのだろう。伝統的な風習だから?文化だから?霊的な何かがあるから?まぁ、定期的にお参りする、そういことになっているのですが、やはりこの文化が続いているのは「生きている人にとって意味があるから」でしかないと思います。

お正月とかお盆と同じで、イベントがあるとみんな集まるのですよね。お墓参りに限らず「そういうことになっている」文化や風習。お墓や亡くなった人を媒介として、生きている人たちに新たな繋がりが生まれたり、強くなったりしていく。それが昔の人たちと今を生きる人間の「因縁」だと思う。

人は、自分が好きだし、自分につながるものも基本的には好きだと思う。だから自分の過去も知りたいし、その縁あるものも知りたいと思う。だからお墓参りは過去の自分と家族の縁を繋ぐ儀式として古墳の時代やもっと前から行われて来たのだろうなぁ。「お墓参り」することが重要なのではなくて、それによって過去の人や今の人を思い出せることが大切で。過去との繋がりを思い出せるような仕組みがWeb上で提供されるなら、もしかするとネットでのお墓参りサービスもちゃんと成立するのかも知れないなぁ。

でも自分が生きているうちは、死ぬまでちゃんと物理的に(!)お墓にお参りし続けたいなと思う。それが一番、過去の繋がりを感じられる方法だと思うから。手を合わせながら考える時間は、その場に行かないと得られない時間のはず。